全人類が直面する面倒臭いと言う感情。不登校の君たちは特に強く感じているはずだろう。ものすごいスピードで体を通り抜けていく時間。誇らしげに、ダメ人間の君たちを嘲笑する朝日。吐き気を誘発する制服の群れ。外に出られなくなって、しまいには家族とさえ会うのが億劫になっていく。
そんなかわいそうな君たちが読むべき話がここにある。太宰の、トカトントンである。これは君たちのような、生まれついてのダメ人間の話である。体の弱い軍人の青年が、集会で玉音放送を聞かされる。なんと言ったかも聞き取れないまま、将校だか誰だったか忘れたが、壇上に上がってお話をする。俯いて涙を流しながら壇を降りる将校の悲しい横顔。青年は、ミリタリズムの切なさを、そして戦争と共に終わってしまった将校の情熱を感じる。白いグラウンドの砂に照りつける夏の日差しを受けて熱い思いが込み上げたその時、どこかでトカトントンと釘を打つようななんとも間の抜けた音が響いた。途端に青年は全てが馬鹿馬鹿しく感じられて、湧き出た強い情熱もどこかへ流れ去り、感慨も何もないまま荷物を詰め込んでひどくつまらない様子で地元に帰った。それからと言うもの、芸術に目覚めやる気に満ち溢れた矢先にトカトントン、仕事の義務に奮い立たされ人の何倍も働き尽くして途端にトカトントン、綺麗な女性とデートしてクライマックスでトカトントン、学生運動だかでキラキラした人々に感化されて瞬間にトカトントン、と言う具合に、情熱の込み上げた瞬間にトカトントンがどこからともなく響いてきて、全てが阿呆らしくなる。もう、救いようがない。ここまでくるともはや精神疾患である。
君たちにもトカトントンは聞こえずともこうした瞬間が幾度も起こっていることだろう。初めのうちはそれでも普通の人間になりたくて頑張っていたけれど、どんなに努力したところで周りの人間に追いつけない。間違いのないように選んだ答えは間違って、自分の肉体が、行動が、どんな風に大衆に写っているのかずっと不安で、何をしてもどこかで誰かは自分を笑っているので落ち着けない。そうこうしているうちに君は、諦めるという選択肢の存在に気づく。そうして徐々にできないものを諦めて、いつしかできていたこともできなくなって、それを元の軌道に戻せなくなってまた諦める。僕たちの体力はどんどんと衰退し、できなければならないことすらままならなくなる。こうして出来上がったダメ人間こそが僕たちである。
僕が君たちにこれを薦めるのは、決して君たちを更正させようと言うのではない。これは僕たちを必ず支えてくれるはずである。太宰は東大の出の、大変賢い、偉いお人である。そんなフランス語に長けた賢い太宰も、晩年には僕たちのようなダメ人間に成り果てる。道化を踊ってみせ、女中に騙され、皆に利用されて、頭で思っていることとはあべこべのことを口走り、酒に飲まれ、何か大きな巨大な力に操られ、死ぬことも生きることもできない。僕は罪の意識と因果というものにとらわれていて、太宰も義理とか義務とか、大きな怖い強力な人智を越えた力とか、そう言ったものに支配されていたようである。おそらく君もそうなんだろう。君の人生にも、呪文のように君に付き纏う言葉や逃れられないものが、あるんだろう。僕の呪文は、人生はふりこ、である。君のはなんだろう。僕たちは同じだ。太宰もきっと、同類であろう。言い換えれば、僕たちは一人ではない。最底辺で僕たちは泥水を啜っている。努力すれば上を目指せる(はずの)僕たちは、行き倒れてここまで滑り落ちた。トカトントンはこの最底辺で僕たちの隣にいる。ここで温もりを共有する。だから君たちにも読んでほしい。君の温もりもわけておくれ。
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